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帰省 大分〜横浜へ
(2002年01月05,06日)
2002/01/29
最終更新日:2002/03/02

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■2002/01/05 土 晴れ 今日は、横浜へ戻る日です。ただ、昨日のクラッシュのため、竹田警察署往復を夜中にやらなければならなかったため、食事やお風呂が遅くなり、寝たのが夜2時過ぎ。(^_^;) 朝は、一応6時に目覚まししましたが、あと1時間強寝ました。出発をいつもより、1時間ほど遅らせることにしたのです。 #でも結局あと1時間強寝たからといって十分な睡眠はとれません いつもは、だいたい6時半頃から遅くとも7時までには出発をしていましたが、今回は、8時10分頃実家を出発し、静かなところに行ってインナーサイレンサーを外し、本当の出発は8時半頃でした。いつもより1時間半ほど遅い出発となりました。大分道の最寄りのインターチェンジは実家から3km程のところですが、十分にオイル類が暖まる時間もないだろうと思い、数キロ先の大分ICから大分道に入りました。いつもは友人を迎えに行くので、必然的に大分ICから乗ることになるから一緒ですね。遅い出発だと当然のごとく夜は明けきっています。6時半ならまだ真っ暗、7時でもまだ明るくなり始めた頃なのですが、すっかり明るくなってしまっているこの時間だとなんだか車の数も多く感じてしまいます。 頑張ってお昼前には小倉東ICから九州自動車道に入りました。入るなりいきなりいいペースで走っている車がいたので貼り付いて行きました。でも、関門橋手前の壇ノ浦PAに入っていきましたのでペースが落ちました。(^_^;) 関門橋は短いんですよ。関門海峡がちょっと広めの川のようなほど本州と九州が接近しているので。トンネルなんて入り口から出口までたった3kmしかありませんもん。恵那山トンネルみたいに十数キロもあるようなイメージがあるのですが、全然そんなことありません。本当にあっという間です。 中国自動車道に入り、山陽自動車道に分岐していきました。やはり出発時間が遅くて車が多かったですねぇ。それでも、頑張って岡山手前の福山あたりで休憩&遅めの昼食をとることにしました。事故渋滞もあったのでトイレには行きたかった。んだけれども、やはり渋滞するとSAは混みますね。車を停める場所も見付からず、ガソリン補給だけして次の瀬戸PAに行くことにしました。トイレに行って食事をし、疲れたので少し仮眠をとることに。そうしたら、隣りに停めた馬鹿なマークUの親父が、後ろのドアを開けるときに思い切りエボちゃんにぶつけて来ました。見た目、ちょっと汚れているような感じだったけれど、凹んでいるかもしれない。なのに、「かんべんしてよ」だと? 全然悪びれない。超ムカついた。むかついたので修理代を迫ると、警察を呼ぶという。まぁ、ちゃんと事故処理をした方が修理代も確実に出るだろうからいいよね。ただ、それでなくてもペースが遅くてむかついているのにそんなことをしていたらもっと遅くなるやろ? くそっ! っつーか、ぶつけんな!っつーの!!!凸(`_') なんで大事にしないんだろうな? そんな開け方をしたら自分の車も傷つくだろう? クソ親父の後ろのドアは結構ぶつけた後があり塗装がかなり剥がれていた。そんな奴、車に乗る資格無いよ。せめて回りの車には気を使いやがれっ! 京都にはいるともうヘッドライトを点灯しないと見えなくらい暗くなってしまいました。最初雨がポツポツ来ている感じだったんですが、よく見ると雪でした。\(◎o◎)/! 進めば進むほどひどくなっていきます。やばい・・・、これはヤバイよ。ココ京都でこれだけの雪ということは関ヶ原はどうなっているんだ? マジヤバイと思いました。だんだん雪はやみ雨になったりしましたが、滋賀に入ってまた雪になりました。それも本格的に。このあたりはまだ車につもらず、すぐに溶ける雪でしたが視界が悪くなりペースが一気にダウンしました。そして渋滞してきました。そのうち停まって動かなくなってしまいました。どうやら通行規制が関ヶ原で敷かれているようでした。渋滞したのでPAに入ってトイレに行っておきました。このあたりはもうつもる雪になっていました。ちょっとトイレに行っただけなのにもう車にはつもっていました。ペースは全然変わりません。そして、進めば進むほど雪がひどくなってきます。前の方がようやく見えてきました。そうしたら、除雪車が車を停めていました。そして、ゆっくり進んでいきました。少し行くとまた停めました。これの繰返し。反対の下り車線も同じくでした。通行規制というのはそういうことだったんですね。ただ、通行止めにならなかっただけまだマシだったのかな? それとも、なお悪かったのかな? 渋滞を抜けるのに15時間くらいかかりますなんて交通情報が流れているし・・・。あきらめました。とりあえず関ヶ原を超えて向側に行ったらまた仮眠するつもりでした。関ヶ原あたりはもう路面にもかなり雪が積もってました。吹雪でしたし。 しかし、参りました。(´ヘ`;) なんか気のせいかタイヤが滑っているような感じがしましたし、ぶつけた精神的ダメージでかなり神経質になってしまっているようで・・・。タイヤチェーンも持ってないし。それに、他の車からのもらい事故も嫌だなと思いながら慎重に慎重に走っていきました。関ヶ原から養老方面へ行く下りが特に怖かったですね。そして、23時前、ようやく関ヶ原を抜け、下の養老SAにつきました。夕食をとり、ここで仮眠することにしました。エボちゃんは後ろが広いので、たっぷり着込んで後ろ座席に横になりました。このあたりでは雪はもうみぞれから雨に変わってきてました。朝方4時頃だったかなぁ? 目が覚めました。案外ぐっすり眠ったようで、気が付いたら朝でした。ただ、脚がちょっと寒くて起きてしまったんですね。寒くなければもっと眠っていたと思います。(笑) 今回は、後ろに事故の残骸が乗っていたのでやや狭かったのですが、セリカちゃんに比べると結構快適に寝られました。 ブラックコーヒーを飲んで目を覚まし、早々に出かけました。外はすっかり天気もよくなっているようで雪も雨もやんでいました。車には少し雪が固まって残っていましたけれども。渋滞はすっかり解消されていてよい流れで流れていました。ペースも速く、前をたしかレガシィが走っていたと思います。ついて行くとかなりのペースでした。が、後ろから、ヘッドライトよりもかなり横にはみ出したフォグランプを付けた車がすごい勢いで迫ってきました。すぐにエボ6だろう? と思い道を空けました。案の定エボ6でした。6なのか6.5なのかは確認できませんでしたが、すごいペースでした。でも、前を走っていたレガシィはなかなか譲りませんでしたが、やっと譲るとそのエボは一気に加速していきました。すんごく飛ばしてました。σ(^-^;)も手負いで無ければ・・・。 やがて静岡に入りました。静岡で夜が明けました。天気がよくて朝日がきれいでした。 順調に進んで、あっという間に神奈川です。でもちょうどこのあたりで、目の前に太陽がやってきてクネクネした道路が見づらかったですねぇ。だから前の車について行くようにしていました。本当に眩しかったです。最後の休憩は足柄SA。まだ朝の冷たい澄み切った空気の中、富士山がきれいでした。ここから先でもやっぱり太陽の位置がよくなくて眩しかったです。空いている朝の神奈川、そして横浜。9時過ぎにはもう疲れ果てて帰り着きました。 いやいや、今回は本当に雪に泣かされた帰省でした。雪でスピンし、藁をお土産に持って帰り(謎)、雪で滋賀〜関ヶ原がすごいことになって時間がかかり、無事帰って来れただけでもよしとするか! って感じです。(^。^;)フウ 左が出発時の走行距離、右が横浜到着時の走行距離です。大分横浜間、1,205.4kmでした。平均速度120km/hで10時間、100km/hで12時間の距離です。実際一般道が100kmくらいありますし、途中80km/h規制の部分もあり、休憩もあり、なので平均100km/hは実質無理ですね。第二東名名神が出来て、なんとか平均100km/hが見えてくるかなという感じですが、小倉東〜宇佐間が繋がらないことにはそれもまだ実現は無理かなと思います。ちなみに今回は25時間かかりましたので、平均時速48.2km/hでした。いやいや、遅いですね。(^_^;) 事故処理と仮眠で6時間は無駄に時間をとられてしまったので仕方ありませんが。やはり、出発は遅くとも7時までに! ということが分かった帰省でした。 さて、次回帰省はどうなっていることやら。まだ第二東名名神の供用は始まらないので、如何に休憩時間を減らして時間を短縮するかにかかっていますかね。そのためには、車を停められないような混雑しているSAを如何に避けて休憩するかですね。過去2回ほど15時間以内に帰り着けているので、次回の目標は15時間を切ることです。大分に着いたときに、夕食を自宅でとるようにすればそれは可能なのです。とにかく何か目標を見つけないと単調になりすぎて危ないですもんね。今回は、大分へ向かうとき、中央道,四国を使うという目的があったので楽しかったですわ、マジで。
事故らなければ・・・・・・・・・。(T_T) |
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