バイク歴

1999/03/07
最終更新日:2004/11/21

 高校時代、我が高校ではいわゆる3ナイで、免許取得不可でした。そのため、免許は高校卒業後の取得です。卒業直後、原付免許をとりました。そして、親戚よりCB50を譲り受けました。
 CB50
は、残念ながらほとんど死んだ状態でした。もうあちこち錆々。でも、一生懸命磨いて結構きれいになりました。クラッチ付きバイクに乗るのは、初めてではありませんでしたが、殆ど乗ったことが無いも同然な状態。早速ウィリーして転んじゃいました。
 でも、毎日毎日乗っていたら、すぐに慣れちゃいましたけどね。
 CB50は、主に予備校通学の足として活躍しましたが、さぼってあちこちに走りにもいきました。そのころは大分にいたので、海あり山ありでとにかく楽しかったです。大分は大分空港が大分市街から結構離れていて、そこまで往復するのも、原付では十分にツーリングだったなぁ。関鯵,関鯖で有名な佐賀関あたりのリアス式海岸も良く行ったし、別府から湯布院へ抜ける峠道にも何度となく出かけました。一番遠くまでいったのは、福岡県の太宰府天満宮。秋に予備校の友人と原付3台で合格祈願に出かけました。あれは、結構寒かったけど楽しかったなぁ。初めてツーリングといえる距離を走ったわけだし。。。。。

 予備校の夏休みには、大分の運転免許試験場で自動二輪免許(中型二輪に限る)を取得しました。当然お金が無かったから試験場に通ったわけですが、8回通って18,400円でした。でも、免許だけ。バイクは相変わらずCB50でした。

 受験が終わった3月に、中型を取りに行ったときに限定解除も無理な試験ではなさそうだなと思ったので、受けに行きました。そうそう、当時400cc以上のオートバイに乗るためには、世界一難しいといわれている限定解除試験にパスしなければなりません。当時合格率4%とか6%とか言われていた落とすための試験ですから、噂だけ聞いていたときには、自分には無理だと勝手に決めつけていました。でも、中型の試験を受けていたとき、同時に限定解除試験もやっていて、それを見ていると思ったほど難しそうじゃないと思えたので受けることにしたのです。今は、二輪の免許は、「普通自動二輪」「大型自動二輪」に分かれていて、「普通自動二輪」は当時の中型にあたります。で、どちらも教習所でとれるようになったのですが、当時は「大型二輪」に当たる限定解除は試験場でしかとれませんでした。自動二輪の免許が1種類しかなく、その中で条件を分けていたんです。限定解除というのは、自動二輪の「中型に限る」「小型に限る」という限定を解除する試験なのです。
 これも、結局8回通いました。(^-^;) やっぱり難しかったのね。試験代は、13,600円。中型から併せても32,000円でとれました。

 初めてのオートバイは、’84年5月に入手しました。
 CB750Fです。FAという初期型の次のタイプです。本当は、FBというタイプを探していたのですが見つからず、FAにしました。ブルーメタリック(正確にはタンザナイトブルーメタリックといいます)の色がとってもきれいだったことと、バイク自体がきれいだったために、決めました。32万円です。でも、どうしてもFAでは気に入らないところがあったので、ステップ周りをFB用に変更し、フロントフォークもFB用のキャップとイコライザーチューブを取り付けて、エアサス化しました。

 実は私のバイク歴は、これで終わりです。 だって、まだ乗ってるモン、同じバイクに。(^。^)vもう、あとちょっとでかれこれ15年になりますなぁ〜。いやぁ、長く乗ってるでしょ。